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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)5592号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 高橋悦夫

被告 丙川松男

右訴訟代理人弁護士 鶴田啓三

右訴訟復代理人弁護士 斎藤哲夫

主文

被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月九日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の其余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、其余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四五〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は訴外乙山花子(以下花子という)と昭和四一年一一月一七日婚姻し、二人の間には翌四二年二月二日長男一郎が、同四四年一二月一〇日長女春子が出生した。夫婦の関係は平穏且つ円満であった。

二、原告はガソリンスタンド従業員として勤務していたが、昭和五一年五月一〇日、大阪市○○区○○×丁目×番××号に喫茶店「○」を開業した。そしてとりあえず花子をして右の経営にあたらせ、軌道にのりはじめた同年七月二二日、勤務先を退職し、喫茶店経営を本格的にはじめようとした。

三、ところがその頃、花子の素振りがおかしいので問い質すと、右「○」の真向いで、株式会社○○電気商会を経営する被告が、かねて花子に対し、原告と一緒に暮しても苦労が多いばかりであるから原告と別れて被告と暮してはどうかなどと甘言をもって誘惑し、更には○○区○○○町×丁目にある○○マンション×××号室を花子のために借り受けるなどして花子の歓心をひき、よって被告と花子は右マンションで同棲をはじめようとしていたことが判明した。原告は花子に対しその背信行為を非難したところ、花子は二子を残したまゝ被告の許に走った。

四、原告は懊悩の末、花子と離婚することとし、花子の両親を通じて同年九月三日協議離婚した。

五、被告は花子を甘言をもって誘惑し、原告の家庭を完全に破壊に至らしめたのであり、その責任は極めて大なるものがあるから、原告は被告に対し、慰藉料として金三二五万円を請求する。

六、ところで、原告は被告が「○」の眼前で会社を経営している以上、正常な人間の感情として同所で「○」の営業を続行することが不可能であったので、花子の出奔後、「○」を閉鎖したが、この直後、被告の代理人である春山梅男との間で、この廃業に伴う店舗の措置について話合い、これを他に処分すること、及び処分により損金を生じた場合はこれを被告が支払う旨合意した。そこで原告は昭和五二年四月一五日、右「○」を売却処分しその対価として二二六万円を得たが、昭和五一年五月一〇日前記「○」を開業した際、権利金、内装工事費、什器備品等で合計三五一万円の出費をなしているので、差引き一二五万円の損害となった。

七、よって原告は被告に対し右約定の損害金一二五万円の支払を求める。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並びに主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は不知、同第二項の事実中、原告がスタンドの従業員として勤務していたこと、昭和五一年五月一〇日頃「○」が開業されたことは認めるが其余は不知。同第三項の事実は否認する。同第四項の事実中、原告と花子が協議離婚したことは認めるが其余は不知。同第六項の事実中、原告主張のような合意をなしたこと及び原告の営業の続行が不可能であったことについては否認し、其余は不知。同第五、第七項については争う。

二、被告は自己の経営する○○電気商会の向い側に喫茶軽食店の「○」が昭和五一年五月頃開店されたので昼食に行くうち花子と顔見知りとなったが、同人は以前クラブ等に勤めていたとかで、又同人の姉妹らもクラブに勤めていたので花子に誘われてそのクラブに四、五回一緒に飲みに行った。このことは原告も承知のうえでのことである。そのうち、被告が商用で韓国へ行くことを雑談で話していたところ、花子がこれを覚えていて、被告が帰って来たところ、電話で会ってほしいということであったので、会って食事をしたのち、花子から誘われて関係を持つに至ったものである。被告としては責任を回避するつもりはないが、当時、原告と花子の生活は平穏、円満でなかったのであり、花子をして被告と関係を持つに至らしめたことについては、原告としても夫として妻の愛情をつなぎとめておけなかったなど責任の一端はあるものである。なお、被告が花子名義でマンションを借りたのは同棲の目的ではなく、被告としても会社の近くに休憩などに使える部屋がほしいと思ったので、互いに各自の都合で自由に使いあうという目的で借りたものである。被告にも妻子があり円満な家庭生活を営んでおり、これを破壊してまでも花子と同棲生活しなければならない事情などは皆無である。

《証拠関係省略》

理由

一、《証拠省略》によれば、請求原因第一、二項の事実、並びに以下の事実を認めることができる。

被告は「○」の真向いで株式会社○○電気商会を営むものであるが、「○」に昼食に行き訴外乙山花子(以下花子という)を知り、夜は従業員をつれて時折「○」に飲みに行くようになって親しくなり、「○」閉店後花子やバーテンらを連れて一緒に飲みに出ることもあった。そのうち同年七月九日頃、被告が商用で韓国から帰阪した際、被告と花子は二人で会い肉体関係を持つに至った。被告は花子に夫である原告のあることは勿論承知していた。被告と花子は其後関係を重ね、被告は花子の名義で○○区○○○町にアパートを借り、ベッドや家財道具を揃え、互いに鍵を持ち利用することとした。原告は花子から、大事な客だから閉店後飲みに行くのにつきあっていると言うことを二、三度聞いていたが、勤務先を退職した同月二二日頃、閉店後花子が店を出て行くのでこれをとめようとしたが、花子は原告をふり切って客やバーテンと一緒に出てしまったことがあった。客は被告と判明したが、当日花子が帰宅後、原告が夜中に一緒に飲みに行かねばならぬような客は来て貰う必要がないと言ったことから口論となり、同夜、花子はそのまゝ一人で家を出るに至った。原告は被告を問いつめ、花子、同人の父、原、被告が岸ノ里の喫茶店等で話を重ねたが、話はつかなかった。被告は申訳ないことをしたと詫びたが、結局花子の意思に委せ、花子は原告に別れてほしいと言い、被告について行くと主張したからであった。其後被告と花子は二人で三日ほど東京へ行っていたが、大阪に戻り、被告は原告と話合うべく知人の春山梅男を通じ原告に連絡し、同人や花子、その姉である夏山夫婦をまじえて話をしたが、離婚と金銭的解決を主張する夏山夫婦らに対し原告は子らのことも考えてこれに応じず決着はつかなかった。同年九月三日、原告は花子と協議離婚し、子ら二人を引取った。なお、原告としては「○」を約三四〇万円かけて開店したものであったが、被告方の真向いで営業を続けるのは精神的に耐えられず、同年七月二三日より閉店し、翌五二年四月一五日、二五〇万円で売却処分した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

二、右事実によれば、被告は花子に夫たる原告のあることを承知しながら花子と性的関係を重ねたものであり、原告に対する不法行為は明らかであるから、これにより原告の被った精神的損害を賠償しなければならない。しかして原告は被告の右不法行為により多大の精神的苦痛を受けたことが容易に推認されるところ、本件にあらわれた一切の事実を勘案すれば、被告の原告に対して負う慰藉料額は金二〇〇万円をもって相当と判断される。

三、すすんで店舗処分に伴う損害金支払の約定についてみるに、原告本人尋問の結果によれば、被告の知人春山梅男と原告との話合の中で、原告主張事実にそう話のでたことが窺われるが、右春山の代理権も明確でないうえ、原告主張のような約定のなされた如き右供述部分については、其頃被告及び花子と原告との関係の決着のついてないことからみても容易に措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。してみると原告の右請求は失当である。

四、以上の次第であって、原告の本訴請求は、慰藉料金二〇〇万円とこれに対する本件不法行為後で訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年一一月九日から支払済まで民法所定率による遅延損害金の支払を求める限度でその理由があるが、其余は失当であるから棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤雅史)

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